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――おちた


 そう、おちたのだ。
それ以外のなにものでも無い。
ただ、おちた。

「おちた。」

思わず口を吐いて出るほどに、それは明確な表現だったように思う。


おちた
おちた
おちたおちたおちた


その瞬間に、私の感覚も一緒におちてしてしまった。
聴覚が感じていた、例えば隣の女子の甲高いきゃらきゃらという笑い声、廊下をだすだすと走る音、がががという机をひきずる音、だとか。
触覚が感じていた、窓のサッシの冷たさとか、少し気温の低い風だとか、休み時間特有のまなぬるい、けだるい、だけどちょっとどこかピリっとしている空気、だとか。
嗅覚が感じていた、隣の畑で枝木を燃やすけむたい匂いとか、その隣の家に植わっている金木犀の香りだとか、食べ終わったばかりの昼飯の匂い、だとか。
味覚が感じていた、弁当に入っていて最後に食べたハンバーグのひき肉の脂っこさとか、さっき声の低い友達から一口もらったミルクティーのあまったるさとだとか。

どうせなら、緑茶を貰えばよかったなー。とか思っていたことすら、全部、そう綺麗さっぱり、おちてしまった。

きっとおれたりつぶれたりした音がしたんだろうな、とか。
あれは、本当にあれなんだろうか、とか。

そんな事があとからあとから、噴出すみたいにでてきたけれど。





視覚が、おちたものの視覚と重なった瞬間に、ほんとうにぜんぶ消えてしまった。






『生徒の皆さんは、速やかに教室に戻り、先生の指示があるまで待機してください。』
繰り返します、という冷静な教頭先生の言葉がスピーカーから響いて、初めて私の感覚は上ってきた。
あ、もしかしたら動揺していた声だったかもしれない。
あれ、でも教頭先生の動揺してない声ってどんなだろう。
あれあれ、でもでも、今のは本当に教頭先生だったかな。
まだ、何かがおちたままみたいだ。




「ちょっと、大丈夫ッ?」
隣に居た、甲高い声のみちこが肩を揺らす。
同時に、私の視界も揺れた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
その揺れる視界のをまわして、みちこを見た。

ぼやぼや

嗚呼、きっと今の私は酷い顔をしているに違い無い。
確信した。
涙とか鼻汁とか涎とか。
きっと何がなんだかよくわからない液体で顔がべたべただ。













涙?







「佐藤さんッ」
教室の入り口で、担任の先生がこれまた甲高い悲鳴に近いかすれ声を上げた。

「今おうちの方から連絡があって―」

きっと骨が折れる音がしたんだろうな、とか。
きっと肉が潰れる音がしたんだろうな、とか。

あれは本当に、ほんとうに、


ゆらゆら
ぼやぼや

不安定な感覚が、その声すらシャットダウンしてしまった。




「――父さん。』











 「えー。そのまま倒れちゃったのー。」
「最後まで一緒に居たんでしょ、気持ち悪くない?」
別に。そんなことも無いけど。
「だって、その子酷い顔してたんでしょ。」
うん、凄い泣いてた。唖然とした顔してさ。
「まぁしょうがないよね。肉親が目の前で飛び降りちゃさー。」
ね、しかも父兄参観の日になんてね。

 テレビでは、誰も聞いていないニュースが流れている。

 ちょっと寒いな、と呟いてテラスの窓を閉めた。
「御通夜は明日だっけ?」
行くんでしょー、と他人事のように言われて、まあ確かに他人事だけどと思いながらいくよと応えた。
何時だったかな、近所のセレモニーホールに18時からだっけ。
あぁ、御香典袋?あったかな。
それにしても、と友人はまた話を切り返した。
「最近飛び降り多いねー。この前もニュースでやってたよ。」
「確か近かったよねー」
うん、知ってる知ってる。
その飛び降りあったマンションにあったんだよ、その子ん家。
「うそー!連鎖するんじゃないのー!」
そんなことあるわけないじゃない。
「えー、つまんない。」
つまんないじゃないの、不謹慎でしょ。
大体さ、あんた声高いんだからもっと気をつけてしゃべってよ。
この前だってあんた呼んだ後、隣の人から苦情きたんだから。

「ごめんごめーん」

悪びれる様子も無いまま、友人はリビングを出て行ってしまった。
全く、本当に勝手なんだから。
「あれー、もうそんな暗いの?」
もう一人の友人が窓の外を見ていった。
「もうこんな時期だもんね。」
近くの山の紅葉、綺麗だってさ。
そんなことを言いながら、こちらも勝手にちかちかとチャンネルを回す。

「もう、かなこまで勝手に――」








  視界に、おちてきたものの視界が、重なった。




ど  すん




  おちた。


「堕ちた」


「え?何?どうしたの?」
今のおと、なに?



おちた
おちたおちたおちた



『ー父親の飛び降りにショックを受け、そのまま自宅近くのマンションで同様に飛び降りたらしくー…』
『目撃者でもある友人の瀬川みち子さんも現在行方不明のまま――』



「ねぇ、ちょっと、このニュース、それにみちこ、」




「―うん。」




堕ち た








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2008.10.14 (c)蒼月氷牙
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自己
名:
蒼月 氷牙(アオツキ ヒョウガ)
ROでは朋藍(ホウラン)です
標準では氷牙使ってる
年:
35
性:
女性
誕:
1988/10/06
基本的にO型の大雑把。
社交的らしいけど、チキンなのでそんなこと無いです。(痛)ていうかネガティブの自暴自棄。ww

時々趣味による短文小説ならぬ駄文と詩が書かれるかと思いますのでお気をつけ下さい。


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