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意識は朦朧としていた。
そこから見える景色は緑色をしていた。

二人 男が見えた。

白衣と趣味の悪いスーツ。

名前を聞いて驚愕したはずなのに、それほどでもなかった。

また意識はまどろむ。
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奪われたのは
目の前には黒スーツの男。
黒いジャケット。
白いシャツ。
黒いパンツ。
黒い靴。
ベルトはベージュ。
ジャケットの裾から見えるシャツは廃退したような印象。

「お叱りになりますか。」

男は吐く。
当たり前だ、と思う。
でも、とも思う。

「あたし以外で、できるひとは、いるのかな。」

何を言っているのかな、あたしは。
でもでも、実際問題。

日常を飽きていたのは事実なのだと認めざるを得ない。

でもその日常を捨て切れるのかといわれれば

「日常が消えますよ。」

同じところまで追いついたのだろう。


男は吐いた。


「対価は貴女が決めてください。」


黒髪の男は、目を伏せて、あたしの名前に

『様』

をつけて吐き出して、黙った。



迷った。
迷っていた。

取りあえず、
取り敢えず、

ついていって、戻れるところまでついていって、
それからにしよう。

そう思った。

卑怯だとも思った。
でも

捨てきれない私は其れを選んだ。










つもり、


だった。
「いたいよ」

噛み付くように首筋に噛み付く彼に思わずあえいだ。

「うそつき」

そういわれてまた噛み付かれた。







「ねぇ、まッ・・・」
「みんなで食べようね」
その一言がかなえられなくって、少しだけ淋しいと思った。
それでもまるまる1ホールくれたのは、きっと優しさとか愛とか、そんな陳腐な言葉で片付けてはいけないものなのだとも、同時に思った。

これまた貰ったジャスミンティーのティーバックを、沸かしたばかりのお湯に浸す。
その間に、きったケーキをお皿にのせて少しつまむ。
お皿と、食器戸棚から出したフォークを持って、ちょっと前にシーツを洗ったベッドに向う。
食べかけたケーキのお皿をベッド脇に置きながら、読みかけの文庫本を取り出す。

ふと、これをみんなで食べている自分を思い浮かべて、少しだけ、泣きたくなった。


しばらく経って、お湯に浸したティーバックの存在を思い出して、ゆっくりとコンロへ向う。
お鍋からマグカップへとお茶を移す。
少しだけ寒くなった空気に、お茶の湯気が白くもあもあと立ち上った。
そのカップを持ってまたベッドに戻ってくる。

そしてまた、みんなのことを思い出して、





「もしもし?おばあちゃん?」

 うぅん、ちょっとだけ電話してみたかっただけなの。
 うん、元気だよ。
 声?別に大丈夫だよ、ちょっと眠いだけ。
 そっちはどう?
 あぁ、やっぱり寒い?
 風邪に気をつけてね。帰ったときに、ちょっと具合悪いって言ってたでしょ。
 そうだね、今度は年末になるかな。
 また短い間しか居られないけど、その次は春まで居られるようにするから。

 うん、分かった。
 みんなによろしくね。
 おやすみなさい。



ぐずぐずになったティッシュを捨てて、
食べきったケーキのお皿を洗って水切り籠に入れて、
冷やしたタオルを洗濯機に投げ込み、
読みかけの文庫本を本棚に片付け、
少し暖かい寝巻きに着替え、
そしてスタンドの明かりを消して、
それからやっと布団にもぐりこむ。

ケーキのぱさぱさが胸につっかえて、少しだけ目が腫れぼったい。
明日腫れていなければいいな。

久しぶりに聞いた故郷の音の心地よさをかみ締めながら、
一日の疲れを夢で打ち消そう、そう思った。





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 [一欠のチーズケーキ]
 一晩だけの実家の思い出。
 夜通し語り明かした、あの数時間。

ちょっとした夜のホームシック。
些細なことでも、小さい家族の暖かさに、少しだけ泣いてしまう、ような。

大人になるための、小さな一歩、




拾ってきた!

――おちた


 そう、おちたのだ。
それ以外のなにものでも無い。
ただ、おちた。

「おちた。」

思わず口を吐いて出るほどに、それは明確な表現だったように思う。


おちた
おちた
おちたおちたおちた


その瞬間に、私の感覚も一緒におちてしてしまった。
聴覚が感じていた、例えば隣の女子の甲高いきゃらきゃらという笑い声、廊下をだすだすと走る音、がががという机をひきずる音、だとか。
触覚が感じていた、窓のサッシの冷たさとか、少し気温の低い風だとか、休み時間特有のまなぬるい、けだるい、だけどちょっとどこかピリっとしている空気、だとか。
嗅覚が感じていた、隣の畑で枝木を燃やすけむたい匂いとか、その隣の家に植わっている金木犀の香りだとか、食べ終わったばかりの昼飯の匂い、だとか。
味覚が感じていた、弁当に入っていて最後に食べたハンバーグのひき肉の脂っこさとか、さっき声の低い友達から一口もらったミルクティーのあまったるさとだとか。

どうせなら、緑茶を貰えばよかったなー。とか思っていたことすら、全部、そう綺麗さっぱり、おちてしまった。

きっとおれたりつぶれたりした音がしたんだろうな、とか。
あれは、本当にあれなんだろうか、とか。

そんな事があとからあとから、噴出すみたいにでてきたけれど。





視覚が、おちたものの視覚と重なった瞬間に、ほんとうにぜんぶ消えてしまった。






『生徒の皆さんは、速やかに教室に戻り、先生の指示があるまで待機してください。』
繰り返します、という冷静な教頭先生の言葉がスピーカーから響いて、初めて私の感覚は上ってきた。
あ、もしかしたら動揺していた声だったかもしれない。
あれ、でも教頭先生の動揺してない声ってどんなだろう。
あれあれ、でもでも、今のは本当に教頭先生だったかな。
まだ、何かがおちたままみたいだ。




「ちょっと、大丈夫ッ?」
隣に居た、甲高い声のみちこが肩を揺らす。
同時に、私の視界も揺れた。
ゆらゆら、ゆらゆら。
その揺れる視界のをまわして、みちこを見た。

ぼやぼや

嗚呼、きっと今の私は酷い顔をしているに違い無い。
確信した。
涙とか鼻汁とか涎とか。
きっと何がなんだかよくわからない液体で顔がべたべただ。













涙?







「佐藤さんッ」
教室の入り口で、担任の先生がこれまた甲高い悲鳴に近いかすれ声を上げた。

「今おうちの方から連絡があって―」

きっと骨が折れる音がしたんだろうな、とか。
きっと肉が潰れる音がしたんだろうな、とか。

あれは本当に、ほんとうに、


ゆらゆら
ぼやぼや

不安定な感覚が、その声すらシャットダウンしてしまった。




「――父さん。』











 「えー。そのまま倒れちゃったのー。」
「最後まで一緒に居たんでしょ、気持ち悪くない?」
別に。そんなことも無いけど。
「だって、その子酷い顔してたんでしょ。」
うん、凄い泣いてた。唖然とした顔してさ。
「まぁしょうがないよね。肉親が目の前で飛び降りちゃさー。」
ね、しかも父兄参観の日になんてね。

 テレビでは、誰も聞いていないニュースが流れている。

 ちょっと寒いな、と呟いてテラスの窓を閉めた。
「御通夜は明日だっけ?」
行くんでしょー、と他人事のように言われて、まあ確かに他人事だけどと思いながらいくよと応えた。
何時だったかな、近所のセレモニーホールに18時からだっけ。
あぁ、御香典袋?あったかな。
それにしても、と友人はまた話を切り返した。
「最近飛び降り多いねー。この前もニュースでやってたよ。」
「確か近かったよねー」
うん、知ってる知ってる。
その飛び降りあったマンションにあったんだよ、その子ん家。
「うそー!連鎖するんじゃないのー!」
そんなことあるわけないじゃない。
「えー、つまんない。」
つまんないじゃないの、不謹慎でしょ。
大体さ、あんた声高いんだからもっと気をつけてしゃべってよ。
この前だってあんた呼んだ後、隣の人から苦情きたんだから。

「ごめんごめーん」

悪びれる様子も無いまま、友人はリビングを出て行ってしまった。
全く、本当に勝手なんだから。
「あれー、もうそんな暗いの?」
もう一人の友人が窓の外を見ていった。
「もうこんな時期だもんね。」
近くの山の紅葉、綺麗だってさ。
そんなことを言いながら、こちらも勝手にちかちかとチャンネルを回す。

「もう、かなこまで勝手に――」








  視界に、おちてきたものの視界が、重なった。




ど  すん




  おちた。


「堕ちた」


「え?何?どうしたの?」
今のおと、なに?



おちた
おちたおちたおちた



『ー父親の飛び降りにショックを受け、そのまま自宅近くのマンションで同様に飛び降りたらしくー…』
『目撃者でもある友人の瀬川みち子さんも現在行方不明のまま――』



「ねぇ、ちょっと、このニュース、それにみちこ、」




「―うん。」




堕ち た








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2008.10.14 (c)蒼月氷牙
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自己
名:
蒼月 氷牙(アオツキ ヒョウガ)
ROでは朋藍(ホウラン)です
標準では氷牙使ってる
年:
35
性:
女性
誕:
1988/10/06
基本的にO型の大雑把。
社交的らしいけど、チキンなのでそんなこと無いです。(痛)ていうかネガティブの自暴自棄。ww

時々趣味による短文小説ならぬ駄文と詩が書かれるかと思いますのでお気をつけ下さい。


ねりま猫 40頭のSOS!

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